vol.2 外来診療における患者さんの食生活調整
「水をのんでも太るんです。」
「先生、私はなにも食べてません。ほなけんど太る…(ほなけんどは阿波弁で『そうだけれども』の意)」 こういった言い方をする患者さんは多い。糖尿病や高脂血症の患者さんに対応する際でも、食事の調整が必要なことは医師も重々承知している。しかし、それを具体化するとなるとなかなか困難で、「食事量を減らして、適当な運度をして下さい。」といったあやふやな言葉で終わってしまうことが多いのが現実でないだろうか。
前任の病院で患者さんに栄養指導を勧めても、患者さんは積極的には応じなかった。その理由を考えてみると以下のことに思い当たった。
1)診察とは別に、食事の指導と称して改めて来院しなければならない不便さ
2)禁止されることが多く、実行しにくいこと が説明されるという先入観
3)自分のことをどれだけ知ってくれているかわからない管理栄養士との話し合い
4)指導されることが模型や紙などでの説明で終わってしまい現実味が少ない
5)指導される部屋が理科室のような味けのない部屋で行われる
6)食事指導に継続性がない
7)教育的指導という雰囲気があり、気が進まない
これらの問題点を解決し、外来診療で効果的な栄養指導を行うためにいろいろと工夫した。さて、一般には栄養指導と呼称されているが、我々は食事相談と称している。これは「栄養」と表現すると「足らないものを補う」という印象があり、「もっと食べよう」というイメージを与える危険性を感じてのことである。外来診療における食事の調整は「足らないものを補う」というよりは「食べ過ぎや偏った食べ方を矯正する」といった方に重点をおく必要が多いと感じている。そのために栄養という言葉より、もっと意味の広い食事という表現を選択した。なお、入院診療においては足らないものを補うという栄養関連の仕事が多いことは認識している。
また、食事「指導」ではなく食事「相談」と捉えて、「上から下に指導する」という発想をやめるようにした。病気をもった人と管理栄養士が食事のこと一緒に考えるという発想に立つよう、管理栄養士と話し合った。そのため食事指導ということばは使わず食事相談とした。
次に考えたことは「病気をもった人ほど、食事はおいしく食べられるよう配慮されるべきだ。」ということであった。そのためにクリニック設計時に徳島市内の料理教室を見て回り、知り合いの管理栄養士に尋ね、どのような設備が必要か調査した。その結果、クリニックが木造であることから食事相談室は和風料亭様の作りとし、調理台を部屋の中央に据え、その周囲にカウンターを設けることとした。調理台の周囲に人が集まれるアイランド(島)型にしたり、調理台を複数設置するとさらに効率はよいと感じたがスペースの問題でそれは不可能であった。現在の食事相談室では8脚くらいの椅子をおけるスペースがある。必要な場合には管理栄養士がその場で料理を作り、実際に患者さんに食べてもらえることができる。窓には内障子をはめたため、その部屋にはいると料理屋にきた雰囲気がある。あかりは白色蛍光灯ではなく電球色蛍光灯にした。患者さんは非常に喜んでくれており、食事相談中も笑い声や大きな歓声が上がったりで非常ににぎやかである。
実際に食事相談を初めてみるといろいろなことが判明した。水を飲んでも太るんですといっていた人に、調理の際の「みりん」の使いすぎやヨーグルト、きな粉などテレビで勧める間食の問題が明らかにされたり、低心機能の人の浮腫がとれにくいと訴える時に、塩分の摂取量が1日12-13gであることが判明しそれを調節することで改善できたということなど、食生活に潜む問題点が明らかにされるケースが非常にたくさんあった。私個人が患者さんの食事調整をしたとしても、まず気づかないような事例が多々あった。
食事相談における圧巻例は100Kgを越える40歳代男性が高血圧症の治療を希望して来院したケースであった。睡眠時無呼吸症候群であることが判明し、基幹病院に紹介してNPPVを開始した。同時に管理栄養士による食事調整が行われ、半年を過ぎて体重が20Kg減少した。やや減量のスピードが早すぎるきらいもあるが、血圧は低下し呼吸状態は改善した。NPPVからは離脱し今後は降圧剤中止を目標に生活調整をしようと患者さんと話し合っている。食事相談を続ける中で、患者さんの特異な食習慣に驚くことがある。胸部大動脈瘤のある70代の患者さんは、喫茶店にいくと必ずテーブル上のコーヒーシュガーをボリボリと食べてしまうと言われた。こういったことは管理栄養士との話し合いがなければ明らかにされない。このような経験から「食事検診」という医療行為が必要であると感じるようになった。
厚生労働省はこのような基礎的医療機能には配慮が少なく、管理栄養士の食事相談でクリニックが得られる収入は一人あたり1300円である。健康保険に定められる外来栄養食事指導の規則には一回の指導で「概ね15分以上」時間をかけなければならないと記載されている。しかし食事の問題点を拾い出し、良い方向へのアドバイスをしようとすると1時間近くかかることも稀ではない。このため外来において1日に食事相談を施行できる人数は6-8人であり、それだけでは管理栄養士の給与に充当できない。患者さんの食事調整の重要性がわかっていてもその財政的な裏付けがなければ、実施に踏み切ることは困難であり、悔しい思いをしている開業医は多いことと思う。(現行の生活習慣病指導料は高すぎて請求できない)
開業当初から税理士に管理栄養士常勤化の可能性を打診していた。開業後半年の収支を調査した結果、まあ何とかなるであろうという判断であり、平成16年8月に管理栄養士の常勤化に踏み切った。管理栄養士の重要性は一緒に仕事をしてみて改めて認識できる。我々のクリニックにはなくてはならない存在である。一般の開業医院で管理栄養士雇用をためらわざるをえない状況を考えると、複数の管理栄養士が派遣会社をつくり、地域の開業医に曜日を決めて出張するシステムを作ればよいと思う。開業医院にはかならず看護師がいるように、内科系開業医院には管理栄養士がいるのが当たり前の時代になればと思う。
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