藍色の風 第36号目次
何かを学ばなければ…
この原稿を書いている6月下旬でも、冷温停止に向けた福島第一原子力発電所の高濃度汚染水処理はトラブルが続き、東日本各地で広範囲の放射能飛散による悪影響が次々と明らかになっています。医師として気になるのは福島市・伊達市の小中学校、保育所、幼稚園の児童・生徒計4万2千人に、放射線被曝量を積算して計測できる線量計を配布した、というニュースです。
この線量計というのは病院等で放射線業務につく職員が身につけるものです。放射線技師は喫茶店のマッチ箱程度の大きさのバッジを胸のポケットに付けていますが、気づいた人がいるかもしれません。私も勤務医の時、カテーテル検査時に付けていました。通常は一ヶ月ごとに線量計を交換し、しばらくするとその月に被曝した累積線量が報告されます。その当時、数名の医師は数ヶ月で累積線量が安全域を超えたため、業務を控えるよう指示されました。
この線量計が福島の子供達に装着されることになりました。今回の線量計は被曝量がどんどん増したときに警告音がでるようなものではありません。「おたくの子供さんの一ヶ月の被曝線量は○○シーベルトでした」という報告が、被曝後に報告されるのです。線量計は被曝の予防装置でも、警告装置でもありません。被曝の結果を後追いで知らされるだけです。そしてこの被曝量は外部被曝量であり、子供達にとって重要な内部被曝量の計測はできません。
自分の子供や孫をこのような環境で育てなければならないご家族の心痛は、察するに余りあるものがあります。そのような子供が4万人もいるのです。避難地域を抱える南相馬市は財政的な目途が付かず、線量計の配布は検討中と報道されており、被曝管理が必要な子供はもっと多いことがわかります。
最近のニュースでは、福島県は県民の強い要望を受け、自治体が独自に15歳未満の子供と妊婦に線量計を配布した場合には、その全額を補助するとも発表しました。全県下的に線量計配布を行うと、対象者は30万人に上ります。
さて、私達は特に疑問も持たず、便利な生活に慣れ親しんできました。こういった生活を支えるためには莫大な電力量が必要であり、そのためには原子力発電所も必要であったという事実に、改めて直面しました。しかしいったん今回のような事故が発生すれば、取り返しの付かない事態が発生することもわかりました。これだけのことが発生し、間接的とはいえ悲惨な状況を垣間見たのだから、私達は今回の事態からしっかりと学び、賢くならなければならないと思います。
日本経済が失速するリスクを避けるためには、それでも原子力発電所を動かすしかないという意見があります。原子力発電所の存続に関しては、国は基本的な判断材料を国民に提示し、国会でも多岐に渡る検討をして結論を出さなければならないでしょう。国が率先して行動すべきですが、現在の政府にその発想と意志はないと見て取れます。
このような状況下で、危機感を抱いた各自治体の首長が早々と行動を開始しています。新潟県が非常に賢明な実験を行いました。同県には柏崎刈羽原子力発電所があり、福島県と同様の危機感があったようです。新潟県の泉田知事は県民に対して、どの程度の節電が可能かどうかを調べるために、佐渡島を除く新潟県全域を対象とした検証実験「ピークカット15%大作戦」の第一回トライアルを今年4月13日に実施しています。これは県内企業や一般家庭を対象とし、4月の新潟県では午後5時〜7時に電力使用量がピークとなるため、その時間帯に合わせて節電を求めました。その結果、前年比で約17%(約40万kW)を削減できたと報告しています。
電力を基盤とした現代の生活環境をすべて排除してしまうことはできないでしょう。しかし意識することなく使用してきた電力の陰に、非常に危険で脆い現実があったということに、遅まきながら気づきました。このような状況で私達にはどのような工夫ができるのか、考えなければならないと思います。
今回の『藍色の風 第36号』ではクリニックで何ができるかを考え、実行したことをお知らせします。一つは部屋の明るさに関する調査です。病院や診療所の明るさに関してはJIS規格による規制があり、診察室では300〜750ルックス、検査室では200から500ルックス、廊下では50〜100ルックスといった基準が設けられています。現在、私達のクリニックではそれぞれの部屋がどの程度の照度になっているかを調査しました。その顛末は次項に記しましたが、通常通りに照明灯を点灯すると、夜の診療においても、全ての部屋でJIS基準内またはそれを上回る照度になることがわかりました。このため業務に支障のでない程度まで、点灯する電灯を減らして、室内の照度を落としました。季節により変動させようとは思いますが、クリニック内が以前に比べて少し暗くなると思います。ご了解下さい。
ちなみに、日本の家庭内照明も欧米に比べるとかなり明るく設定しています。旅行などで欧米に滞在した人は気づいたと思いますが、欧米の部屋には日本のような天井灯はなく、人々は壁に付けた間接照明で夜を過ごしています。家庭内の照度も、見直してよいと思います。
さて、これからの季節に空調設備は欠かせません。しかし極端な節電に走って、高齢の方や体調を崩して来院された方に、不快な環境で我慢を強いることはできません。空調を効果的に維持する方法はないかと考え、外部の高温を効果的に遮断する方法と、内部の冷気を上手に循環する方法を工夫しました。窓際のゴーヤが生育するにはまだまだ時間を要します。詳細は3頁をご覧下さい。
私達がこれまでの生活を変えずに、今まで通りの生活を続けようとすれば、いずれ第二第三の被災県が出現するでしょう。私達に欠けている能力の一つは「他者への想像力と現状を分析して問題点を列挙し、それらを改善する行動力」であると思います。自称政治家の中にも、この資質の欠けた人をたくさん見かけます。
被災地の人々を、いろいろな方策で継続支援するのはもちろんですが、我が身を振り返って、自分たちは今後どうすべきかを考え、行動すべきであろうと思います。
我が子や孫に線量計を付けて生活させなければならない地域ができてしまいました。このような犠牲のもとに繁栄する社会であってはならないと思います。この2011年に、これだけの悲惨な大災害を経験しました。このことからたくさんのことを学び、賢くなって、我々の歩みを変えなければならないと思います。皆さんはどのように考えられるでしょうか?
【坂東】