藍色の風 第19号目次
アップストリーム治療
長嶋元監督がわずらって有名になった病気に、心房細動があります。この不整脈にはきちんと対応しないと脳梗塞を発症することがあり、手強いです。当クリニックにも5年間で男性238名、女性190名、合計428名の心房細動の方が受診されました。この病気の治療を考えるときに「アップストリーム治療」と呼ばれる概念が使われています。アップストリームとは上流という意味です。逆の言葉がダウンストリームで、これは下流を意味します。どういうことを言いたいか以下に記します。
吉野川は徳島を代表する川ですが、この川に大量のゴミや流木が流れてきて、途中でせき止められたとします。大変な事態になるでしょうが、川にゴミを捨てたのは誰だと県は調査するでしょう。また流木はなぜ流れてきたのかとも考えるでしょう。川をせき止めた原因は川の上流、すなわちアップストリームにあると推測でき、上流の問題を拾い上げて解決しようとするのがアップストリーム治療です。心房細動の場合であれば、その患者さんに高血圧症、甲状腺機能亢進、ストレス、アルコール、加齢等の、どの因子が影響したのだろうかと考え、それぞれに対処していく治療を意味します。
これに対して吉野川がせき止められたら、下流の田や畑には水が流れなくなり、海水も遡上して井戸水が使えなくなるかもしれません。渇水の田や畑に別のルートから水を供給しようとしたり、給水車を出動させたりするでしょう。こういった対処がダウンストリーム治療にあたります。症状に対応しようとする治療です。心房細動の治療では、心房細動そのものを治したり、心拍数を適切にコントロールし、血栓が飛ぶのを防いだりする事がそれにあたります。
これなら、今まで受けてきた治療と同じではないかと思われるかもしれませんが、大きな合併症を発生しうる心房細動では、なってから治療するのではなく、ならないようにする治療が大事であり、そうできる方法、つまりアップストリーム治療があると医師や患者さんに訴えています。
患者さんに心房細動の徴候がみえるとき、ただ単に薬で心房細動を防ごうとするのではなく、その人にどのような因子があって心房細動が発生しかかっているのか分析し、薬も含めた総合対策を練っていくことが重要になります。そしてもっとも大事なアップストリーム治療はその人の生活上の問題点を分析し、それを改善させることです。当クリニックでも食事相談によって体重が減少し、心房細動がまったく発生しなくなった女性がいます。心房細動への治療はこれまでダウンストリーム治療が主体でしたが、心房細動を予防しうるアップストリーム治療をもっと患者さんに伝えようとしているのです。
このアップストリーム治療という考え方は何も心房細動に限ったことではありません。狭心症や心筋梗塞症といった虚血性心疾患にもアップストリーム治療はあります。カテーテル治療を受けて、それでよしとしていてはダメです。虚血性心疾患の悪化をさけるために、自分の病気の上流には何があるのか分析し、それを制御しようとする姿勢が重要です。血圧や悪玉コレストロールに対処したり、糖尿病を上手に治療したりすることがこれにあたります。さらにもっと上流の治療をと踏み込めば、薬を使用してそれぞれの病態を治療しようとするのではなく、食事や運動をはじめとした生活調整をすることこそが究極のアップストリーム治療になります。
病気をうまく治療するには食事、運動、仕事、休養、睡眠のバランスを上手にとることです。これらの因子をないがしろにしてもうまくいきません。ご自分の食事調整を管理栄養士と、その他の項目については看護師と話し合ってご確認下さい。
【坂東】