藍色の風 第23号目次
マラソンブーム
マラソンをする人が増えています。当クリニックの患者さんの中にも、私が知っているだけで10人前後の方がマラソンを趣味とされています。レースの前に、「走っても大丈夫ですね?」と念を押されることもあるのですが「全く問題はありません。」と答えられないのが正直なところです。先日もお二人の方がマラソンを契機に体調を崩されました。お一人は救急車で搬送されています。健康と運動について少し考えてみましょう。
私は小学校の時から野球をしてきました。医学部の6年間も野球部でしたので、かなりの年季が入っています。しかし私程度の運動経験でもわかることですが、「楽しみのための運動」と「身体を健康に保つための運動」とは明らかに異なります。
マラソンに話しを戻しますが、マラソンは参加者が非常に多く、かつレースが42.195Kmという長距離に渡って行われるため、競技者の安全を確保するために医療関係者が観察し続けるということは不可能です。サッカーやバレーボールなど、限られたスペースで行われる競技なら、「医務」という応急処置部門があり、急変時の対応は可能です。さらに、マラソンの競技時間が長いということも問題です。4〜6時間もかかるレースでは休憩時間やハーフタイムもなく、体調管理はすべて自分で行わなければなりません。しっかりとした知識がなければ思わぬ落とし穴にはまります。
マラソンで発生しうる病状は(1)心停止(2)運動性虚脱(3)熱射病(4)低血糖(5)低ナトリウム血症(6)低体温症(7)筋痙攣(8)整形外科的症状(9)その他と多岐にわたります。レースが行われる環境が暑かったり、寒かったりすることでどのような病態が発生しやすいか、変わります。また参加者のレース前の体調によっても異なるでしょう。たとえ体調が良くても、レースでの水分摂取が少なければ虚脱状態になり、水を飲みすぎれば低ナトリウム血症になってしまいます。
マラソンは「いっちょやったろうか」といった安易な気持ちで参加できるようなスポーツではありません。マラソンに参加されるなら、きちんとした指導者について、危険な事態を避けるために、どのように訓練すればよいか十分教えてもらってから行うべきです。
2000年始めから2008年末まで、日本国内で開催されたマラソン大会(5Km 10Km ハーフ、フルマラソン)での心肺停止例は49名(男性47名 女性2名)で、そのうち蘇生できた人は20名でした。(臨床スポーツ医学3月号:2009年)
AED(自動体外式除細動器)が用意されるようになり、救命率は改善していますが、かなりの犠牲者が発生しています。参加者が多いといえば多いのですが、この位の事故が発生していることを、マラソン愛好者は知っておいた方がよいでしょう。
マラソンに限らず、好きな運動をしていて、身体の痛みが生じたときには運動を中止した方がよいです。私達は日の丸を背負っているわけでもなく、オリンピック選手でもありません。痛みはその運動をやめるようにという身体からの大切な信号です。好きなスポーツで身体を痛め、日常の立ち居振る舞いができなくなり、介護を受けるようになれば元も子もありません。体調が悪いときには潔くその運動を休むことです。無理をしてもよい結果は得られません。
自分の好きなスポーツを生涯スポーツとして楽しんでいくことに異論はありません。しかしそれぞれのスポーツには特有の身体負荷があります。その特徴を理解して対策を立て、スポーツによる障害を避ける工夫をされた方がよいでしょう。
松村某のように、AEDのお世話になるようなことがありませんように‥
【坂東】