藍色の風 第32号目次
「立ちくらみが増えたんやけんど‥」
立ち居振る舞いに際して「クラッとする」と訴える方がおられます。脳外科に紹介しなければならない時もありますが、そこまで重篤な方は少ないのが現状です。「運動は大嫌い」「あまり動きません」といった人にこの症状が良く見られます。その仕組みを考えて見ましょう。
子供のときにマット運動で前回りや後回り、または宙返りをしたところで「クラッとする」ことは無かったはずです。しかし70歳前後の方が前回りや後ろ回りのマット運動をすると、クラクラする方が結構おいでることでしょう。
立ち上がったときを考えてみます。椅子から立ち上がったり、正座の状態から立ち上がったりしたとき、血液やリンパ液などの液体成分は下半身に移動します。その結果、身体の各部分では血圧の差が生じます。心臓の高さで100mmHg前後あっても頭の部分では70mmHg程度に低下し、足の方では200mmHg程度まで上昇することがあります。このままであれば、頭の血流量が低下して「頭が真っ白」になってしまいます。そうならないように、私たちの身体には非常に精緻な仕組みが備わっているのです。私たちの身体では首の動脈と心房に、血圧や血液量が適切かどうかを見極めるセンサー機能を持つ組織があります。その組織は、体内各部位の血圧の差が一定以上になれば頭の虚血につながり危険と判断し、体の中の血液の量が減少したと認識して神経系を通して脳に警報を伝えます。脳はホルモンの分泌と交感神経を緊張させて、心臓やその他の体内組織に命令を出します。瞬時に伝わる命令と少し時間のかかる命令があります。
どんな命令かというと心臓には心拍数を多くして血液をたくさん送るよう指示し、腎臓には尿の量を減らすよう指令して血液中から水分が減少することを防ぎます。末梢の血管には血管を収縮して循環する血液量を維持し、血圧が下がらないように命じます。このようにして最も大事な脳の血流低下を防いでいます。さらに周辺の組織に存在する水分を血管の中に引き込んで、循環する血液量を増加させるようにします。これらのことで循環する血液量が増加し、かつ血圧が上昇して、クラッとしないのです。
しかしこの血圧や血液量をチェックするセンサーの感受性は、残念ながら年をとるにつれて落ちていきます。そしてこの落ちるスピードをさらに加速させるのが、「持続的な安静」でした。ある実験では30歳代の健康な人に12日間ベッド上安静を続けてもらうと、このセンサー機能の低下が始まることがわかりました。このような安静を続けると、単にセンサー機能が低下するだけではなく、そのセンサーの指令によって反応するはずの血管の機能も低下してくることがわかりました。
年をとらないようにすることはできませんが、身体を動かせば加齢を遅らせることはできると今回の『藍色の風』の巻頭文に記しました。この「クラッとする」ことを避けるためにも身体を動かしてセンサー機能を維持することが重要です。
このセンサー機能の働きは実生活では次のようなときに観察されます。水泳をすると身体が水平になるため、下半身にたまっていた血液が上半身に移動します。そうすると心臓に帰ってくる血液が増加するためセンサーがそれを感知し、余分な水分を尿に出そうとします。このためプールにはいって泳いでいると尿意を催すことがよくあります。
また心房細動が出現すると心臓の拍出量が減少するため、心臓がはってきます。これを心臓のセンサーが感知して余分な水分を尿に出そうとします。先日80歳近いSさんが診察時に右ページ上のようなグラフを見せてくれました。夜中に不整脈に気づいて目が覚め、その後、尿意がしばしばあったため、排尿時間と排尿量を記録されたのです。不整脈のために心房が拡張し、センサーが機能して尿を出すホルモンが分泌され、このような現象が出現しました。
加齢に伴う「クラッとする」ことを避けるために、転倒には十分注意して、立ったり坐ったりの動作を毎日の生活に取り入れることが必要です。結論は巻頭の文章と同じことになりました。身体を動かして加齢現象に対抗しようということです。
【坂東】
参考文献:「宇宙飛行士は早く老ける?」(朝日新聞社)
【グラフの説明】午前2時10分に動悸で目覚め400cc排尿。その後も心房細動は持続し1日の尿量は3615ccに達した。心房細動によって心房が張り、それを感知して心房利尿ホルモンが分泌された。心臓にとって血液量が過剰と判断するとこのような反応が起こり、多尿となる。