藍色の風 第13号目次
端山診療所、ここにあり
美馬市つるぎ町の端山地区といってもご存知無い方が多いことでしょう。旧貞光町の一地域であり人口は950人で、高齢化率が50%に達しています。この地区の端山診療所で懸命に医療に取り組んでおられる医師がいます。十枝紀巳代先生です。NHKテレビの特集番組で放映されたこともあり、知っておられる方があるかもしれません。
私が急性期病院に勤務していた頃、十枝先生は那賀川診療所で仕事をされており、よく患者さんを紹介していただきました。また医学部在学中の息子さんと一緒に、私の診療を見学に来ていただいたこともあり、それ以来懇意にしていただいています。十枝先生の診療現場を拝見したいと長年思っていましたが、うまく時間を作ることができ、6月のある日、端山診療所をお訪ねしました。
【十枝 紀巳代先生】 |
【端山診療所の調理室】 |
先生は「医療では保健と福祉とをまとめて行うことこそが重要」と考えておられます。その実践の一例として、通常の診療に加え、診療所内で患者さんが料理を作ることによる通所リハビリを行っています。この料理作業療法は月・水・金の週3回行い、毎回10名弱の参加者があるようです。1回で1日分のおかず5〜6品を作っており、塩分も5g以下を目指しているとのことでした。
参加されている方は介護保険で要介護に認定されている方々と聞いて驚きました。その方々が自分の分だけではなく、地域で食事の必要な人に月100食ほど作り、診療所が配っていると聞いてさらに驚きました。要介護というと他の人から介護を受けるという立場にありますが、その要介護の人達が、他の人達のために食事を作っています。これは生き甲斐の創生にもつながり、非常に良い方法だと思います。
お訪ねした当日は日曜日であり、患者さんは誰もいませんでしたが、調理室にはいろいろな料理器具が用意されており、おばあちゃん達のにぎやかな話し声や、まな板にあたる包丁の音が聞こえてくるようでした。
さて、最近、ある事情でスウェーデンのことを調べる必要がありました。福祉国家のお手本とされながら、その高い税率で青息吐息になっている国と思っていましたが、近年のスウェーデンは財政的にも安定し、均整のとれた福祉国家になっていることを知り、自身の不明を恥じました。そのスウェーデンでは都会から離れた過疎の弱小自治体であっても、公的機関が提供する保健、医療、療養は整備され、基本的な生活環境が保証されています。そのための基盤として次の三つが挙げられますが、いずれも日本には無い事項でした。
- ITを整備して地方と都会との情報格差を是正し、連携を蜜にすること
- 裕福な自治体から弱小自治体に税金が移転されていく、平衡補助金制度が運用されていること
- 住民が住みたい場所に住めるよう国が保証すべきであるという認識を、スウェーデン国民が共有していること。このため平衡補助金制度に都市住民の反対がない。
このスウェーデンの制度を調べていて十枝先生のことが頭に浮かびました。他の地域に住む人から見ると「端山地域のように、山が急峻で、ライフラインの貧弱な地域に住まず、平地に出てきたらよい。便利なところに住めばよい。」と考えることでしょう。
しかし人はそれぞれ、生まれ育った地域への愛着は非常に強く、これまで住んできた場所での生活は保障されるべきと思います。利便性を優先した人口集中ではなく、日本が多様性を維持できるよう工夫した方がよいと考えます。東京への一極集中は仕方がないとの意見もよく耳にします。しかし、多様性を失った民族の将来に、輝かしいものがあるとは思えません。
さて、端山診療所は今年4月につるぎ町から分離独立しましたが、財政的にも決して裕福な状態ではありません。十枝先生も市内に出てきて開業すればもっと収入が上がることでしょう。利益最優先の病院が多い中、端山地区で踏ん張っておられるのは、地域のお年寄りの基本的な権利を守りたいという一点にあると私は考えています。
頑張れ、十枝先生!
【坂東】