新型インフルエンザの基礎知識

将来の新型インフルエンザ発生に対して、医学界でも対策が進んでいます。一般書籍や週刊誌に、新型インフルエンザに関する刺激的な表題が見られますが、大事なことは正確な知識をもち、病気が発生したときには冷静に、的確に行動することだと思います。新型インフルエンザの基礎知識をまとめました。

(1)新型とはどういうことか?

毎年流行するインフルエンザウイルスはその姿を少しずつ変え、私達人類に寄生してきます。多くの人はその年のインフルエンザウイルスにピッタリの免疫を持たなくても、これまでに感染したウイルスとよく似ているため、体内に備わっている免疫機構でウイルスに対抗することができます。

しかし現在危惧されている新型インフルエンザウイルスは、これまでに人類が感染したことのないウイルスであり、かつ非常に強い毒素をもっているため、畏れられています。この将来出現してきそうなインフルエンザウイルスを「新型」インフルエンザウイルスと呼んでいます。平成20年12月の時点ではこの新型インフルエンザはまだ地球上に出現していません。

(2)新型インフルエンザウイルスはどのようにして発生するのか?

いろいろな発生ルートが想定されていますが、もっとも可能性が高いのは鳥インフルエンザウイルスからの変化です。
鳥の間で伝染するインフルエンザウイルスは人には感染できません。鳥のインフルエンザウイルスが人間の細胞に感染する機能がないためです。しかし鳥と人間とが家族のように近接して住んでいる地域では、鳥インフルエンザの突然変異によって、鳥の病気である鳥インフルエンザウイルスが人間に感染してしまう事態が発生しています。鳥インフルエンザウイルスがマイナーチェンジをして、人にも感染できるようになってきているのです。東南アジア諸国ではニワトリなどが家の周囲などに放し飼いされており、市場でも鳥が生きたまま売り買いされるため、生活の中で人と鳥類との接触が非常に濃厚になっています。こういった社会では、鳥のインフルエンザウイルスがたまたま人間に感染することが繰り返され、少しずつ人間に感染しやすくなっていると指摘されています。

さらに悪いことに、現在、人間に感染している鳥インフルエンザウイルスが非常に強い毒性をもっています。通常のインフルエンザであれば、高い熱がでて、関節が痛んでも、数日後には回復しますが、現在人に感染している鳥インフルエンザウイルスは重症肺炎を引き起こし、致死率は極めて高くなっています。

平成20年7月までに報告されている、人に感染した鳥インフルエンザ症例は385名ですが、そのうち243名が死亡しています。死亡率は実に63%にも上ります。非常に強い病原性をもっていることがわかります。このため高病原性鳥インフルエンザと呼ばれますが、「高原性」と勘違いしている人がいます。「強毒性」とすれば誤解がないかもしれません。

幸いなことに、この鳥インフルエンザウイルスは、現状では鳥から人に一回移るだけで、移った人から次の人に感染する能力はまだウイルスに備わっていないことがわかっています。この鳥インフルエンザウイルスは現在人に感染していますが、これが人から人にドンドン感染していくように変化すれば、その時が新型インフルエンザウイルス誕生になります。鳥インフルエンザウイルスが人用に変化したことを意味します。

この新型インフルエンザが、鳥インフルエンザのときと同様の強い毒性を維持しているどうかはわかりません。経験的なことから、ウイルスが宿主に寄生するようになった時、その宿主の死亡率は低くなるとされています。ウイルスが人に感染してその人が死んでしまったら、そのウイルスも存在できなくなってしまうからです。新型インフルエンザ感染の死亡率も、現在の鳥インフルエンザに罹ったときほどは高くないのではないかと世界保険機構(WHO)は考えています。しかし、実際にどうなるかは不明です。

(3)新型インフルエンザはいつ出現するか?

強い毒性をもった鳥インフルエンザが、いつ人間の間で感染できる能力を持つようになるか、その月日を断定することはできません。明日かもしれないし、来年、再来年かもしれません。強い毒性をもつ鳥インフルエンザウイルスは現在世界60カ国以上に広がっているため、人と鳥との濃厚な接触が続く限りは、いつ新型インフルエンザが発生してもおかしくはありません。なお、カモやアヒルといった水禽類の中にはこの強い毒性の鳥インフルエンザに感染しても、死なずに生存しているものが多いとされています。水禽類は呼吸器ではなく、腸管に感染を受け、そこでウイルスが増殖するため、糞によってウイルスが拡散されていることがわかっています。渡り鳥などによって強毒性鳥インフルエンザウイルスが拡散されるのは、このような仕組みによります。

(4)新型インフルエンザへの対応策は?

対策は個人で完結できるものではありません。医学的、公衆衛生的、社会的、水際的な対応が必要です。医学レベルでは、徳島県医師会や各種の公的医療機関が対応策を決めています。また社会・公衆衛生的な対応は徳島県及び徳島保健所が「新型インフルエンザ対応マニュアル」を作成し、訓練も行っています。水際的な対応は入国管理にあたる省庁が行うことになります。これらの組織が有機的に働いて、感染を封じ込めようとしています。

しかし新型インフルエンザの封じ込めに失敗し、蔓延し始めたときは可能な限り感染の拡がりを阻止し、感染する人を少なくして医療機関への負担を少なくすることが必要です。一気に大量の感染者が発生してしまうと、病院は対応できなくなり、救命できる人も救えなくなってしまいます。社会機能も壊滅的な打撃をうけることでしょう。

(5)個人でできることは?

まず、新型インフルエンザに関する正しい知識をもつことです。そして感染の広がり具合によって、徳島県や徳島県医師会などから、どのように行動すべきかの広報があるはずですので、それに従ってください。徳島県庁ホームページの生活(健康・医療)コーナーにはすでに対策室などの案内があります。

また新型インフルエンザが流行したときに、他の病気が同時に蔓延すれば、さらに危険性が増します。若い人で、麻疹や風疹ワクチンの接種に該当するひとは受けておいて下さい。また『藍色の風 第7号』でお知らせした肺炎球菌ワクチンの適応に当てはまる人も、事前に接種しておいた方がよいでしょう。そして、高血圧や糖尿病などの慢性疾患をきちんとコントロールしておくことです。新型インフルエンザが蔓延すれば、通常の疾患で通院することは感染機会を増すことにもなり、危険です。万一、国内で新型インフルエンザが発生したとき、私は通常の疾患で通院している人に対しては直ちに長期処方とし、感染がおさまるまで通院しないでよいようにしようと考えています。

(6)徳島でスペイン風邪が流行ったときは‥

以前にも人類にとっての新型インフルエンザが流行ったことがあります。1918年に世界中でスペイン風邪と呼ばれる新型インフルエンザが蔓延しました。その当時は原因がインフルエンザウイルスとはわからずに、日本では流行性感冒と呼ばれました。大正7年11月に流行性感冒の影響下にある徳島県の状況を記載した新聞を見つけました。大阪朝日新聞 四国版(11月6日)の記事を一部転載します。

「全県下を風靡し、各小学校、県立学校も閉鎖せざるは一部2〜3校に過ぎず、総ての機関は殆ど停止せんとす。死亡者続出し、過日の如き徳島 附近の火葬場の如き一夜に五十棺以上を持ち込み、為に焼き尽くす能わざる状態なり‥」

(7)過去の経験に学ぶことは?

スペイン風邪が大流行したとき、アメリカでの対応策に学ぶべき点がありました。
フィラデルフィア、ピッツバーグ、セントルイスの三つの町では、死亡率に大きな開きがありました。死亡率がもっとも高かったのがフィラデルフィア、最も低かったのはセントルイスでした。ピッツバーグは中間です。なぜセントルイでもっとも死亡率が低かったかといえば、流行が始まったときの州知事の対応が優れていたのです。セントルイスの州知事はスペイン風邪の第一番目の死者が発生するやいなや、直ちに次のような宣言を出しています。「劇場、映画館、学校、プール、ビリヤードホール、日曜学校、キャバレー、ロッジ、社会的集まり、公的葬儀、戸外での集会、ダンスホール、学校などは当面閉鎖また中止する。」

人の集まり、外出を規制することで感染拡大を防止できたのでした。他の町はこの規制が甘く、人から人への感染が拡大し、死者の数が増えてしまいました。新型インフルエンザ対策において、社会的な対応が必要であることを示しています。なお、スペイン風邪で死亡した日本人は約39万人、全世界では2千〜4千万人に達しました。この当時、日本の内地人口は5500万人でしたので、国民の0.7%が死亡したことになります。

急激な感染の拡大を防ぐことができれば、新型インフルエンザウイルスに対するワクチンの製造を待つこともできますし、病院機能を維持することも可能です。感染の急激な蔓延は防がなければなりません。

国内で新型インフルエンザが発生したときには、家庭内待機という事態になることを知っておいてください。最低二週間程度は自宅で生活できるように、必要物品を備えておくことをお勧めします。社会の維持を図りながら、不要不急な外出を避けることが必要です。

(8)新型インフルエンザ用のワクチンは?

新型インフルエンザそのものがまだ出現していないため、ワクチンをつくることができません。現在作りおきしているのは人に感染した鳥インフルエンザウイルスをもとにしてつくったワクチンで、それをプレパンデミックワクチンと呼んでいます。新型インフルエンザ大流行前のワクチンという意味です。新型になる前のウイルスをもとにして作成しているため、どれほど効果があるか不確かなところもあります。しかし基礎的な免疫を与えることで、ある程度の感染予防や重症化を防ぐことができると考えられており、日本では2000万人分にあたるプレパンデミックワクチン液が備蓄されています。新型インフルエンザが発生すれば、このプレパンデミックワクチンを、社会機能を維持する人達に優先的に接種することになっています。本当のワクチンは新型インフルエンザが発生してから作りますが、使用できるまでに半年ほどかかります。

(9)最後に

新型インフルエンザに対して、いたずらに熱くなっても、また無視してもこの問題は解決しません。人類が立ち向かわなければならない試練であり、医療、行政関係者が協力し、対応していきます。
それにしても、種々の分野で国の危機管理の先頭に立つべき為政者の体たらくには、辟易とする今日この頃です。 

【坂東】