高血圧は全身病

高血圧で治療中の人に「次回の診察日に心電図をとります」と伝えると、怪訝な顔をされる方があります。「私は血圧の治療に通っているのに、なぜ心電図をとるのでしょう?」と質問された方もありました。高血圧症の診療で、単に家庭血圧や外来血圧の数字だけをみていては、大事なことを見逃してしまいます。高血圧診療の目的をもう一度確認しておこうと思います。

私はほぼ四半世紀を心臓血管外科医として仕事をしました。動脈瘤の破裂や急性大動脈解離、急性心筋梗塞症などへの緊急手術は日常茶飯事でした。救急で運び込まれる患者さんの命を救えるのは、自分たちのチームしかないと言う自負もあり、非常に充実した日々でした。しかし、次々と搬送されてくる患者さんの手術を行いながらも、「どうしてこの人は緊急手術を受けないで済むような生活ができなかったのだろう?」と考えるようになりました。心臓手術をして患者さんを助けるのが心臓外科医の仕事ですが、手術を受けずに天寿を全うできればそれに越したことはありません。自分の目の前に現れてくる患者さんの生活歴や治療歴をみてみますと「もっと早い時点で対処しておけば、手術に到らなかったであろうに‥」と思うこともしばしばでした。そんな患者さんの中で、もっとも気になったのは高血圧の治療方法でした。

高血圧の治療を受けていたといいながら、薬をもらってくるだけで、医師の診察を受けていない人が多いことに気づきました。聴診をすれば大動脈弁狭窄症はわかります。腹部を触診すれば肥満や特別な事情が無い限り、大きな腹部大動脈瘤はわかります。また定期的な心電図やレントゲン検査を受けていない人もよくありました。高血圧による心臓の変化や胸部大動脈瘤も、通常の検査を受けていれば事前にわかったはずです。

高血圧の治療では血圧を一定のところに維持することが基本ですが、そうした治療を続けながらも、高血圧症に伴う合併症が発生していないかどうか、確認しながら経過をみなければなりません。高血圧症から派生する病気には狭心症・心筋梗塞症・動脈瘤・動脈解離・閉塞性動脈硬化症・大動脈弁狭窄症・心不全・脳梗塞・脳出血など様々な病気があります。こういった病気が顔を出し始めていないか、確認していく必要があるのです。下の写真は動物実験モデルですが、高血圧が続いたときの心筋の変化を示しています。(医学のあゆみVol.206 No10)

【正常心筋】 【線維組織が増加した高血圧心筋】

高血圧が続くと心筋細胞の周囲に線維組織が増加し、心臓は収縮できても拡張できにくくなり、心不全を誘発します。高血圧症から心不全になるなど思いもよらないかもしれません。しかし、高い血圧が続くとこのような心筋の変性が起こり、心不全を起こすことがあります。

高血圧診療ではこういった変化を見逃さないように、心電図、胸部レントゲン写真、心臓超音波検査などを適宜行っています。高血圧症は全身病です。血圧という数値にのみ興味を示すのではなく、高血圧の変化が全身の臓器に及んでいないかどうかを確認していくことが大事だとご理解下さい。

【坂東】