お風呂は首までつかっても大丈夫なの?!

入浴は体を清潔にするばかりではなく、疲れやストレスを軽くして心身を癒してくれます。日本人の温泉やお風呂好きはよく知られていますね。そこで、今回は入浴に伴う体の反応についてお伝えします。

・首までつかること
ゆったりと入浴しているようでも、私たちはお風呂の水から圧力を受けています。その影響はお湯の深さに比例して強くなります。湯船につかると水の圧力によって腹部が圧迫されます。おなかが圧迫されると、胸部と腹部との境にある横隔膜という膜が上方に押し上げられ、肺が圧迫されて小さくなります。湯船に入った時、少し息苦しく感じることがあるのはこのためです。また、水の圧力によって手足や皮膚、腹部などの血液が心臓に向かって移動します。このことを「心臓への静脈還流がふえる」といい、そのふえた分の血液をくみ出すために、心臓がさらに働くようになります。

「心臓の病気を指摘されたら、半身浴にしなければ‥」と思っている方がおられます。たしかに、半身浴をした時に増加する静脈還流量は、首まで浸かったときに比べると少ないようです。半身浴の時に増加する静脈還流量は、空気中で立っている状態から仰向けに寝た時の静脈還流増加量と同じ程度であるといわれ、心臓に対しては大きな負担にならないと考えられています。一方、首までつかる全身浴では横隔膜が上方に押し上げられ、静脈還流もさらに多くなるため、半身浴にくらべると心臓や肺に負担がかかります。

一般的には治療がうまくいってない心不全、高血圧症、心臓弁膜症、あるいは高齢の方等には半身浴がよいといわれています。しかし、循環器系や心機能に特別な問題がなく、通常の生活ができている方は半身浴にする必要はありません。首までつかって、ゆっくり手足を伸ばし、リラックスされたらよいでしょう。お風呂の満足感が得られるのが何よりです。これまで何となく半身浴をされてきた方で、首までつかりたい方、これからも半身浴がよいかどうかわからない方は一度主治医に尋ねてみて下さい。

因みに、熊本県の黒川温泉には「立湯(たちゆ)」という面白いお風呂があります。写真のように水深の深い湯船で、竹の棒などに捉まって入浴します。このような立湯の場合は静脈還流量が増加するため、心機能が低下している人は注意した方がよいでしょう。

『黒川温泉 いこい旅館』 『修善寺温泉 新井旅館』

また大浴場などで、湯船のへりからすぐのところに、一段浅い部分が設けられていることがあります。このような水深の浅い部分で横になれば水圧の影響はほとんどありません。西洋式の浅く細長い湯船でも同じ事が言えます。首まで浸かることが気になる方はこのような湯船にされたらよいでしょう。

・お湯の温度と血圧
お湯の温度が35〜36℃より高くなると心拍数や心臓が送り出す血液量が増加します。手足では毛細血管や細い動脈が広がり、体の隅々への血液量が増えることから、拡張期血圧が低下したりします。39℃までの微温浴であれば、入浴直後の血圧はほとんど変わりませんが、入浴時間が長くなると風呂上がりの血圧低下が持続します。一方、42℃以上の高温浴では、まず入浴直後に一時的な血圧上昇がみられます。これは急激な熱刺激に反応して交感神経が緊張し、皮膚の血管が収縮するためです。収縮期血圧が20〜30mmHgも上昇することがあります。その後、脳の中枢性調節の仕組みが働いて末梢血管が拡張するため、入浴して2〜3分後には血圧が下がり始めます。この血圧低下に対して、今度は胃腸や肝臓等の臓器や筋肉の血管が収縮し、それ以上の血圧低下を防ごうという作用が働いて血圧を維持します。入浴による血圧の変動に対して、体のいろいろな仕組みが総動員されていることがわかります。

入浴時の血圧変動は特に寒い冬場で、温度差があるときに強くなります。この血圧変動を避けるためには、入浴する前には脱衣室と浴室を暖めておき、浴室では浴槽のふたを開けたり、シャワーを出したりして湯気を満たしておくのが上手な方法です。

・入浴に伴うホルモンの働き
思いもよらないかもしれませんが、お風呂につかることによって種々の体内ホルモンに変動が起こります。入浴することで、尿を出しやすくするホルモンが分泌されるのです。湯船に入ると水の圧力よって、静脈還流が増加すると書きましたが、その増加した血液量に対処するため、心臓は心房性利尿ホルモンという尿を出しやすくするホルモンを分泌します。入浴するとこのホルモンが分泌されるため尿量が多くなります。また、尿を出にくくする抗利尿ホルモン(バソプレッシン)や腎臓でナトリウムを再吸収させるホルモン(アルドステロン)を抑制し、尿を出しやすくさせて増加した静脈還流量に対抗します。私達の体内には本当によくできた仕組みが備わっていることに気づきます。

・体温と心拍数、自律神経の働き
お風呂で体が温まり体温が上昇すると、体温調節のために皮膚の血流量や汗が増加して、熱を逃がそうとします。お風呂につかって増えた静脈還流も、皮膚血液量を増加させることで、その影響を少なくしようとします。皮膚温が28〜32℃になると皮膚血液量が増え始め、33℃を越すと発汗が始まるといわれています。心拍数は水温の上昇に比例して上昇します。38℃浴で20〜30%、45℃浴で60〜80%も増加します。心拍数の増加は体温の上昇による代謝の亢進だけでなく、自律神経にも関係しています。体温上昇が副交感神経の働きを抑制し、交感神経を緊張させて心拍数を増加させます。このため、熱めのお風呂に入ると体がはっきりすると感じます。これを利用して、朝、数分間熱めのお風呂につかったり、熱めのシャワーを浴びたりして気分が高揚させ、一日の仕事をスタートさせている人もいます。また、寝る前に熱いお風呂に入ると交感神経が興奮するためなかなか眠れないことにもなります。これとは逆に、微温浴(37〜39℃)では副交感神経が優位となるため鎮静作用をもたらします。寝る少し前の微温浴は寝つきをよくしてくれますので、寝つきにくい方にはお勧めです。

・加齢による影響
高齢者では、入浴に伴う血圧の変動が激し
いといわれています。特にお湯の温度が高いと、湯船につかった時の血圧上昇やその後の血圧低下の振幅が大きくなります。これは加齢による動脈硬化で、血管の弾力性がなくなり、収縮期血圧が過剰に変動しやすくなるためだといわれています。また、どの世代も入浴終了後は収縮期血圧および拡張期血圧は低下しますが、若年者は速やかに元の血圧に回復する一方、高齢者はその低下が30分後にも認められるという報告があります。若年者にくらべると心拍数の増加も少ないため、このことも血圧低下に影響します。また、高齢者では体温の上昇も長く続くといわれ、これも血圧低下が持続しやすいことに関係しています。入浴後に血圧が大きく変動すること、過剰な血圧低下が持続することを高齢の方は知っておかれた方がよいでしょう。入浴前には家族に一声かけ、お風呂に入ることを告げておきましょう。また、高齢になるに従い、温度に対する皮膚の感受性が低下し、熱さを感じにくくなるため、温度調節にも注意が必要です。

このように日常生活の一つである入浴をとってみても、体を正常に保つために血圧やホルモン等の機能が非常にうまく働いてくれていることがわかります。快適で安全な入浴ができるよう、体の仕組みを知り、自分にあった入浴法を取り入れて下さい。

引用文献:
鰺坂隆一:体育の科学;温浴の生理学2006:56
阿岸祐幸:温泉と健康(岩波新書)

【看護師:速水・立石・竹内・長尾・阿部】