藍色の風 第34号目次
加齢に伴う睡眠の変化
「なかなか寝付けん」
「途中で何度も目が覚める」
「朝早う目が覚めて、かなわん」
外来診察の時に、高齢の方がよく訴えられる症状です。満足できる睡眠がとれないと、日中の活動量も低下しますし、毎日がおもしろくありません。年をとることで睡眠がどのように変化するのか、その仕組みを知り、対策を考えましょう。
睡眠は脳のはたらきにより生じるので、加齢による脳の機能変化のために、睡眠の質や時間は年をとるにつれて影響を受けます。
成人の睡眠は大きく二つに分類されます。一つはレム睡眠(REM:rapid eye movement)で、この睡眠の時には眠っているのに目だけがぐるぐる動きます。赤ちゃんの寝顔をみていると、まぶた越しに目が動いているのを確認することができます。そのような睡眠をいいます。レム睡眠中、脳は活発に働き、脳波で観察すると起きている時と同じような状況を示します。自律神経系の活動が不安定化し、夢を見ることが多い睡眠です。
もう一つはノンレム睡眠(NREM:non REM)といい、この睡眠の時には目の動きはありません。ノンレム睡眠中では脳の代謝活動は、起きているときに比べて最大40%まで低下します。副交感神経系の活動が亢進し、脈拍、呼吸、血圧などの自律神経機能が低下します。このノンレム睡眠は1から4段階に分類され、3と4段階は深い睡眠状態を示します。高齢になるほどノンレム睡眠の3・4段階が少なくなり、もっとも浅い眠りである1段階が多くなります。また若いときにはレム睡眠は睡眠の後半に多いのですが、年と共に一晩の睡眠中に分散されて出現するようになります。
さて、ヒトの睡眠は二つの異なる機構によって支配されています。一つは「起きている時には体内に睡眠促進物質がたまり、その増加によって睡眠が誘発される」という仕組みです。眠るまでに起きていた時間が長いほど、総睡眠時間や深いノンレム睡眠時間が長くなります。
もうひとつはヒトの身体に備わる約24時間という生体(慨日)リズム機構に支配される仕組みです。ヒトの概日リズムを刻んでいる生体時計は脳の視交叉上核という部分にあるのですが、この組織の細胞も加齢と共に数が減少します。また体温の日内変動もそのサイクルが前進し、これらのことが高齢者の就床、起床時間を早める原因になります。高齢者の睡眠が夜間に集中せず、昼間の居眠りや眠気が生じるのはこの24時間リズムの振幅が低下していることも影響しています。
この概日リズムを規定するメラトニンという物質の分泌は、加齢と共に低下します。不眠を訴えている人ではその分泌低下が激しいことがわかっています。このメラトニンという物質は脳の松果体という部位から分泌されますが、睡眠誘発物質として有名です。強い光を浴びてから15〜16時間で分泌されますが、高齢者では加齢と共に外出機会が減り、陽の光を浴びる機会も少なくなって、その分泌量が低下すると指摘されています。高齢の不眠症の人に日中強い光を浴びてもらうと、メラトニン分泌が増加し不眠も解消されたという報告があります。
こういった生物学的な変化に加えて高齢になると将来に対する不安や死の恐怖、配偶者を失うなどの喪失体験などが重なり、精神の不安定さが生じ安くなります。このようなことも不眠の一因となることがあり、心の持ちようなどにも工夫が必要です。
加齢に伴う睡眠の変化に対して、どのように対処すべきなのでしょうか?安易に睡眠薬に頼る前に、不眠に至る原因がないか、毎日の暮らし方を振り返ってみましょう。
【坂東】