書評『国をつくるという仕事』

「こんな日本人女性がいたとは‥」というのが正直な感想です。私が心臓外科医として遮二無二働いていた時期と時を同じくして、彼女は世界銀行の職員として世界中の貧困撲滅のために八面六臂の活躍をしています。最後は世界銀行の副総裁にも任命され、南アジア地域での活動を最後に引退されました。

世界銀行の機能がどのようなものか、その全体像は知りませんが、彼女は地球上から貧困をなくすためにどのような融資がその国に適切であるかを考え、提案された融資事案を審査する業務を行っています。その仕事を通じで発展途上国の目を覆うばかりの惨状に愕然とし、融資の影に隠れた政治家・公務員の賄賂体質を暴き、格闘しています。副総裁を退任後、その思い出を語るという形式で『国をつくるという仕事』(英治出版)を上梓されました。そこには数々のエピソードがつづられており、その内容には驚かされます。スリランカでの一例を挙げてみます。

「途上国の教師たちは田舎の学校が大嫌い。大枚を積んでまで政治家に取り入って、都会へ転勤してしまう。最もひどいのは、そうでなくても不足がちな英語や数学の教師。事前通告なしの視察をするたびに見た、来ない先生を辛抱強く待つ幼い顔は、教育制度改革なしには援助融資拒否という姿勢を保つ原動力となった。スリランカの辺鄙な村では、もうひと月も待っているのと堪えきれずに泣き出した小学一年生の教室で、じゃあ今日だけでもと臨時の英語教師になりすましたことがあった。

世界銀行の融資に際しては、こういった事実をその国の首相、大統領などに伝え、改善を促しながら丁々発止の交渉を行い、融資を行うか否かの検討をするという作業を繰り返しています。これらの仕事を通じで各国の首脳と面談を重ね、それぞれのリーダーの資質を垣間見るという、ある意味では非常に恵まれた経験を積まれています。仕事柄、リーダーとしての資質を考察する機会が多く、リーダーとしてあるべき資質への考察が自然となされています。

勇気や決断力、洞察力などリーダーに求められる資質はいろいろと挙げられますが、最も必要で重要な点は「率いる集団の現場を体験して実感し、その人々への共感がずしりと存在していること」と喝破しています。日本政治の舵取りをしようとする人々に「実生活の経験があり、国民への共感がしっかりと存在している」でしょうか?

西水美恵子さんという類い希な女性の奮闘記です。興味のある方はお読み下さい。

【坂東】