メタボの腹囲基準はどうなった?

『藍色の風』 第6号でメタボリックシンドロームの腹囲基準(男性85cm女性90cm)について説明しました。その時にも1〜2cmの差に一喜一憂する基準値ではないことを記していますが、この診断基準に対して疑問が出されています。

厚生労働省にメタボリックシンドローム研究班というグループがあり、その研究班が全国12カ所で40〜74歳の男女約3万1千人について、心筋梗塞や脳梗塞の発症頻度と腹囲との関連を調査しました。その結果、腹囲が大きくなればなるほどこれらの発症頻度は増加するものの、特定の腹囲を超えると急激に発症頻度が高くなるという基準値を設定することはできなかったと今年2月に発表したのです。

「男性85cm女性90cm」というメタボの基準を私も皆さんに説明してきましたが、何の間違いでこのようになってしまったのでしょうか?メタボの基準値を設定するための基礎になった論文(Circulation Journal;66:987-992,2002)を確認してみました。

今回の見直し作業では3万1千人が対象にされていますが、メタボの論文で腹囲基準作成の対象となった人は20歳〜84歳の男性775名(55±11歳)、女性418名(55±12歳)の合計1193名でした。メタボの基準を決めるのに20代や80代の人を対象に含めてよかったのだろうかと疑問が浮かびます。またどのような人達を調査したかを確認しますと860名(男592名 女268名)は旧厚生省主導の日本内臓脂肪研究会に参加していた複数の病院で健康診断を受けた健康な人、残りの333名(男183名 女150名)は一カ所の肥満症専門診療所に通院する患者さん達でした。片方は健康診断のために受診した健康な人達、もう一方は肥満症のために通院していた人達です。メタボ健診の基準値を作成するのに、通院中の人達を含めてよかったのだろうかと思います。

そしてCTで腹部内臓脂肪面積を計測し、かつ腹囲も計測できていた人は男性で554名、女性で194名でした。腹部内臓脂肪面積からメタボの基準となる腹囲を割り出し、85cmと90cmという基準を出してきたのはこのグループの資料からでした。しかし基準値を作成するには特に女性の対象人数が少な過ぎたと思います。女性は194名でしたが、対象となった女性の年齢が55±12歳ですので、40歳〜70歳までにほぼ95%の対象者が含まれると仮定できるでしょう。40歳から70歳までを5歳間隔で分割すると、6段階の各年代に30人ほどしか含まれません。そしてこの30人の中には健康な人、肥満外来に通院している人がどの程度の割合で含まれているのかも記載されていません。男性も年齢別に評価すべきであったでしょうし、腹囲の危険値を設定するにはやはり対象者の数が少なすぎたと思います。

新しいことを始めるときに、いろいろな齟齬はつきものです。しかし、国を挙げての施策を開始するにはもう少し慎重に、かつ綿密なデータを基礎にして行うべきではなかったのでしょうか?なお、男性85cm女性90cmの根拠が揺らいだとしても、腹囲が増加するほど動脈硬化性疾患の頻度が高くなるという事実には変わりがありません。太っていても大丈夫という訳ではありませんので、念のため。

【坂東】

追記:今回のメタボ研究会の内容は、要点を新聞紙上に発表したのみで詳細は公表しておらず、私もまだ元の論文を読めていません。制度の根幹に関わる内容であり、厚生労働省はマスコミを通しでではなく、現場の医師に直接知らせるべきです。