「平穏死」のすすめ 「平穏死」のすすめ 「平穏死」のすすめ

「転倒して寝たきりにならないよう、抗重力筋を鍛えましょう。生活習慣病の予防や治療のために、ウォーキングを生活の中に取り入れましょう。また、ウォーキングだけではなくスクワットも…」いわゆるピンピンコロリ(PPK)のために、健康寿命を長くしましょうと皆さんにお伝えしてきました。こういった私の活動のさらに二段階ほど先で苦労されている医師の本を読みました。『「平穏死」のすすめ」』という書籍で、「口から食べられなくなったらどうしますか」という副題が付いています。

著者の石飛幸三医師は血管外科医として長年働いた後、世田谷区立特別養護老人ホーム 芦花(ろか)ホームで配置医として業務に就いています。このホームの定員は100名で、それに加えて20名のショートステイ、30名のデイサービスも受け持っています。入所者の平均年齢は90歳でその9割が認知症に罹患しているということです。赴任当初、16名の方が寝たきりで、自分で食事をすることができないため、PEGと呼ばれる胃瘻(腹壁に穴をあけて、胃に直接管を通して食事などを投与する方法)や鼻の穴から胃の中まで管を通す経鼻胃管で治療を受けていました。

このような治療を受けている人は横になっているだけですので、胃の内容が逆流して慢性の誤嚥性肺炎を起こします。また膀胱機能が低下しているため、頻回に尿路の感染を起こします。これらの人はほとんどの方がしゃべることができず、寝返りもうてません。しかし1日に3回の栄養補給を受け、定時に下の世話を受けます。このような状態で何年も生き続ける人々を見て、著者はこれでよいのだろうかと考え、この著書を出版し、認知症で寝たきりになり、口から食べられなくなったらどうすべきかと世間に問うたのです。

どんな形であっても生きていて欲しいという家族の気持ちは十分理解できます。しかしこのような治療をうける本人の意志はどうなのでしょうか?まさか自分がこのようになっているとは夢にも思わなかったことでしょう。

私が勤務医として仕事をしていた頃、いわゆる脳死状態に陥った患者さんを担当することがありました。今後の治療をどうするか、御家族と話し合いましたが1分1秒でも長くこの世に生かせておいて欲しいと希望された御家族もあれば、健康な時から本人は延命治療を希望していなかったので本人の希望を尊重して欲しいと意思表示される御家族もありました。徹底して最後まで治療をという希望に従うと、脳死状態であれば日時がたつにつれて生体内のバランスがとれなくなり、顔や手足が腫れ、お元気なときとは全く異なる形相になり、最後になって御家族が驚かれることも屡々でした。このような経験を機に、死はご本人、御家族の両者にとって満足できるものでなければならないと強く思うようになりました。このため、徹底した治療を選択した場合、ご本人の外観が大きく異なってしまう可能性があることをあらかじめ伝えるようにしました。このような説明をし始めてからは、徹底した治療をとご希望になる御家族はほとんどいなくなったように覚えています。

認知症になるだけならまだしも、寝たきりになり、ものを食べることもできなくなったらどうするか?著者は水だけを与える方法を勧めています。これは昔から三宅島で行われてきた方法だそうで、高僧などもそのようにしてきたという歴史があります。この方法であれば苦しまずに静かに息を引き取ることができると述べています。経験上、水だけで一ヶ月は保つ由です。

自分は認知症にならないとか、我が身がそのような状況に置かれるのはまだまだ先のことと思われるかもしれません。しかし、長寿には大なり小なりの認知症が寄り添います。認知症になってしまえば自分の意思表示は困難です。

『「平穏死」のすすめ』興味のある方は御一読下さい。

【坂東】